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トヨタ2000GT用シフトノブ・レプリカ 製作記

    レプリカ部品を作る

 所有の動機はどうであれ、トヨタ2000GTの場合には投機目的の所有者が多く存在する。発売当時の金額が 「当時の国産車と比較すればかなりの高額であり」 トヨタ・ブランドが販売したスーパーカーなのだ。
 映画にも時々使われて "007は二度死ぬ" "薔薇の標的" "ヘアピン・サーカス" 等が有名である。

 発売当時には高価過ぎた為に高嶺の花だった。生産台数の少なさが逆にレア物として希少価値が評価され、とんでもない高額で取引される場合が多い。

 その背景には、職人の技術による「手作り」がセールス・トークであり、何処まで関与しているのか不明だが、ヤマハの職人へ頼る「丸投げ」部分が多々存在した。
 新車登録台数など詳しい情報は無いが、トヨタ自動車の関係者・関連企業のオーナー、ヤマハの関係者などに強い思い入れがあり、現在でも、愛知県内や浜松市近郊にトヨタ2000GTのオーナーが多く存在すると聞いた事がある。

 90年代の半ば頃だったと思うが、愛知県豊田市にあるトヨタ自動車・本社の資材担当者から問合せの電話を受けた事がある。話の内容は、トヨタ自動車が『メーカーとして、トヨタ2000GTのレストアを企画』している関係で、ステアリング・ホイールのレストアが出来ないか? と言うものであった。
 その話の主旨は理解出来たが、トヨタ2000GTのオーナーは、1965年頃の時間で2000GTの思考が停まっており、自動車メーカーが過去の遺物を掘り返しても、出来上がった2000GTを見てオーナーは必ず不満に思う筈なので 「一時の気まぐれでメーカーが乗り出す企画ではない」 旨を告げ丁重にお断りした。

 自動車部品だけでなく、量産品の厄介なところは単品の再生を含む小ロットの再製産である。1個だけ又は、大量生産なら簡単だが、数個から20個、30個と言う少数になれば、一個一個を規格に揃える製品の均一化が困難である。
 簡単そうに見えて意外と難しく、その数だけの製品のバラツキを無くし寸法誤差を含む仕上がり品質を一定にするのが、数量が少な過ぎ安定しない。

 そんな意味では 『手作り・イコール・高級品』 と言うセールストークにより僅かに作られた職人の手作り品の再生産は簡単である。表向きは手作りだから高価な製品なのだが、1個だけを複製するのは職人技術を持ってすれば朝飯前である。(製造コストは多少高価に付くが、人生を左右するほどの驚く金額ではない)
 その点が、大量量産の製造方法と、職人の手作り技術の違いである。
 

完成したトヨタ2000GT用シフトノブ・レプリカ


     職人との出会い

 ある業者から依頼されトヨタ2000GTのシフトノブのレプリカ部品製作を受ける事になった。2000GTには、過去に多くのレプリカ・シフトノブが存在したが、残念ながら一つとして純正部品と同等の素材(木材)を使って製作されたレプリカは存在しない。

 今までのレプリカ・シフトノブには、ほとんどの製品に木材の持つ年輪の縞模様が存在しない。その理由を推測すれば、ノブの形状に木材を削り出した時に、年輪の描くラインが製品化した時に均一に入らず、年輪の縞模様にバラツキが生じる。
 その縞模様が個々の個性として、依頼主に理解して貰えたら全てが製品として認められますが、中には「この模様では、ちょっと」と言う気に入らない模様を描くシフトノブが生まれる事になります。
 天然素材では、縞模様に個体差/バラツキが生れる為に、依頼主の考え方と価値観の温度差が大きく、受注する業者が気を使い過ぎている可能性もあります。

 天然素材を用いる場合、1個のシフトノブ製作にも何人もの職人技術が必要であり、その道に精通したプロの技術を乞う関係から、おのずと制限が生じてしまうかも知れない。

 シフトノブを製作する際には概ね下記の様なプロの目/技術が必要になる。
   ・木材・林業…木の種類材質を見る。
   ・木工芸(挽き物職人)…ロクロを使って図面どおりに加工する。
   ・木地塗装…木地に目止め処理、仕上げ塗装
   ・印刷関連…シフトパターンの版下作成、印刷

 これらの技術的な分析をして、それぞれの依頼先を選択しないと出来上がった時の出来栄えに大きな差が生じてしまう。それが今までに作られたレプリカ部品に対する不満点だと言える。



     木材・林業に精通した職人との出会い・・・餅は餅屋へ頼むべし。 開口一番 「ケヤキだね」 と言われた。

 純正シフトノブを1個持参して知人の紹介により、一緒にその職人さんの仕事場へ向かった。我が家から車で2時間かかる山奥にある製材所だった。その製材の責任者と対面してシフトノブを見せた。
 

 『このシフトノブを作りたいのですが、この木材を入手出来ますか? 』と尋ねたら、「ケヤキの300〜400年物だね」と簡単な口ぶりの返事だった。半信半疑で不安に思ったが、その業界の事を何一つ知らない私はお任せして頼み込むしか方法が無かったのである。
 その職人さんは、木工芸を趣味にしていると言う知人の話である。そんな事もあり、その人に委ねる事になった。

 しかし、半年経過し1年過ぎても全く連絡が無い。不安な気持ちを抱きながら問合せの電話連絡をした結果、本業が多忙の為に10個位の試作品をやっと作ったと言われ、とりあえず知人経由で試作品を入手、出来栄えを確認する事になった。
 その試作品の出来栄えは、製品として販売できるクォリティに無かった。漆塗りのシフトノブの形をしていたが、10個が均一の大きさに揃って居なかったのである。大きさと形状を揃えて貰える様にお願いしたが、その数ヶ月後に製材所から本業が忙しくて作れない旨を告げられてしまった。
 結局、その製材所から「300〜400年物のケヤキ材」を譲り受け、ノブ形状を再現できる木工所を探す事になった。

シフトノブの構成部品


     木工芸(挽き物)職人さんとの出会い・・・この加工が職人さんの遺作になってしまった。

 隠れた技術と言うのは身近なところにも存在する。職業別電話番号簿から調べてコンタクトしてみる事にした。職人気質の頑固者の様な声が受話器から聞こえ、気乗りしない口ぶりだったが一度話を聞いてくれる約束を取り付けて仕事場を訪問した。

 大工さんの業界で木工職人さんの話を聞けば、偶然にもその職人さんの名前が出た。その業界ではかなりの有名人だと言う話だった。

 その職人さんは、予想通り私の依頼に対して難色を示した。でも、そこで引き下がるのは勿体無い。ダメならダメで代人を紹介して貰えば、その先の職人ルートを辿る事が出来る訳だ。
 先方の職人さんは、私の熱意を確認したいのであろう。小一時間雑談しながら、持参した純正ノブと試作品と材料を見せた時、職人さんの態度が変わったのである。

 『ケヤキの年代物、こんな素材を何処で探して来た? 』と驚いたのである。愛知県内の東三河山間部では既に入手する事が困難に等しいと言われた貴重な素材らしい。ほとんどのケヤキ材が銘木店のルートで、高価な大黒柱に使う為に丸ごと1本買い取られて行く関係で、普通には出回らない素材だと説明された。

 職人は、職人気質の頑固に限る。気軽に安請け合いする人に頼めば後々後悔するハメに陥る事が多い。車の整備を含めたレストア等の出来栄えなど、口車に乗せられて頼んでしまうと、高額な金銭を要求される割にはクォリティが低い事が多いのである。カネが欲しいから安請け合いする事が多々有る。

 そのケヤキ材を試作品を含め全て持参し、アルミ板で自作したゲージに形状を指定して依頼した。製材の職人さんが作った物を無駄にする事無く、自作のゲージを当て削り代のある物は、ロクロに固定して1個1個をノミで削って形状を合わせる方法で加工を引き受けてくれる事になった。

 持参した木材のお陰で首をタテに振って引き受けて貰えたが、全工程をクリアして完成した時点で完成品を1個見せる為に訪問した時には、脳血栓の為に他界した直後だった。こんなアナログ技術を持つ職人気質は、残念な事に激減の一途をたどる寂しい現実である。


 このような製品を製作する場合には、一般的な方法としてノブ形状の刃物を作り、ノブ1個分の大きさにカットした木材を木工旋盤にセットしてカットする場合が多い。その後、シフトレバーに固定するネジ加工、シフトパターンを接着する凹みの順にカットする。

 

2枚のアルミ板へ基本の形状、最小/最大外径のサイズをカットした簡易ゲージを元にカットする職人技術に脱帽


     塗装…木地に目止め処理、仕上げ塗装

 注文通りの形状に削り出したノブの木材を、職人さんに紹介して貰った木製品専門の塗装屋さんのところへ持ち込む事にした。

 塗装の各行程の概略説明を受けたが、企業秘密が多々有り実際の作業現場まで立ち入る事が出来なかった事が残念である。概ね着色した目止め材を塗布し乾燥、赤系の塗料、仕上げ塗装等を施して完成の順である。 

新車時の純正部品は、この画像の中央に写っている未塗装品と同等の年輪が刻まれていた
実際に年輪密度は、37Φの最大外径の中に50本以上の年輪が数えられた
この1個の木片だけで私より年上なのが、なぜか不思議な感じである
後列左の加工途中の製品は、木工旋盤にセットして削り出されたもの


  シフトパターンのデザイン・版下製作、アルミ板への印刷、型抜き。
 この仕事は私の前職が印刷業だったので、特別な問題点は無かった。

 劣化磨耗した純正部品のシフトパターンからコピーを取り、作業のし易い大きさに拡大して、版下を起こした後に指定のサイズへ縮小するだけである。
 この場合、Aの文字が消失してしまっており、Bの文字から書き出して移植する方法で復元する。

原寸から400%まで拡大して作図して、25%へ縮小して印刷する為の版下



 出来上がった版下を元に、指定サイズに縮小したネガフィルムを撮影しアルミ板へ黒アルマイト、赤アルマイトの印刷を施す。

 リバースのRの赤い部分を隠すマスキングを作成し、R部以外の黒アルマイト印刷、Rの赤色アルマイト印刷をして、印刷されたアルミ板の裏面へ粘着材を塗布、円形の打抜き型によりカットすれば完成である。

完成したシフトパターン (アルミ表面には保護フィルムが貼り付けられており、少し汚れている様に見える)




Jan. 31, 2013

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